【固定】このブログについて
浄土真宗問答館へようこそ
ここは浄土真宗について解説するブログです。現在絶賛編集中につき内容はきわめて未熟です。
このブログは著者が浄土真宗についての知識を整理するために個人的メモにすぎません。著者は教学の専門家ではありませんので、必ずしも正確であるとは限りません。
著者は真宗大谷派(京都の真宗本廟[東本願寺]を本山とする浄土真宗の一派)所属ですので、基本的にはブログ全体を通じて真宗大谷派的な理解になります。ただし、この内容は必ずしも真宗大谷派の見解と相違ないとは限りません。
便宜上CMSツールとして使いやすいのではてなブログを利用していますが、特に投稿日時や順番などに意味はありません。下記の目次をご利用ください。
特徴
このブログでは、一部のはしがきを除いて、簡潔な「問」と「答」の繰り返しで構成しています。問答は古くから仏教文献で使われてきた手法で、たとえば真宗の関係でいえば、曇鸞の『浄土論註』は大部分が「問うて曰く」「答えて曰く」の繰り返しで構成されていることで知られています
問答とは、現代で言うとQ&Aのようなもの。「わかりやすく」説明するためには、この方法が適していると考えこのブログで一貫して採用しています。
もくじ
真宗学
以下は「真宗学」の領域についてのコンテンツである。
『教行信証』
宗祖親鸞聖人畢生の大作「顕浄土真実教行証文類」。
近代教学の人々
清沢満之にはじまる近代教学者たちについて。
仏教学・真宗史
以下は、歴史学的見地からみた浄土真宗の歴史「真宗史」の領域についてのコンテンツである。
仏法東帰をめぐって
インドで起こった仏教がチベット・中国を越えて日本へ公伝した。
声明作法
以下は、声明や作法の領域についてのコンテンツである。
声明
正信偈念仏和讃。
お内仏の荘厳
お内仏(お仏壇)の荘厳(おかざり)について。
その他・お役立ち
その他、参照するに便利なコンテンツ。この中のページは問答形式をとっていませんので、その点ご了承ください。
日本仏教の展開
書きかけ。日本仏教(主に公伝~鎌倉期)の展開についての問答。
仏教公伝の時代
問 仏教は日本にいつ伝わった?
渡来人と共に6世紀初頭には伝わっていた。ただし、公伝したのは少し後。
いつ公伝したかは二説ある。
- 538年説(戊午説)…『上宮聖徳法王帝説』等による
- 552年説(壬申説)…『日本書紀』等による
問 日本において仏教や寺院は最初から国家と密着した存在だった?
そのようなことはなく、律令体制以前は自律的な僧侶集団が存在していた。
例えば『日本霊異記』(日本最古の説話集, 822年成立)上巻第三縁「電の憙を得て生ましめし子の強力在りし縁」は敏達天皇の御世(六世紀後半)の説話であるが、ここに「故に寺(元興寺)の衆の僧、聴して得度出家せしめ、名けて道場法師と号う。」と、寺の僧侶たちによる自己決定により出家させていたことがうかがえる。
この説話が史実に即しているかどうかは一考の余地があるが、大化改新以降の律令体制下では出家得度には天皇の許可が必要とされた一方で、かつてはそうではなかったことがここから伺える。
問 僧侶・寺院はどのように律令体制下に組み込まれていった?
様々な史料があるが、たとえば以下のようなものがある。
『日本書紀』推古天皇32年(624年)4月3日「一の僧有りて斧を執りて祖父を殴つ」と、僧侶による暴力事件が発生。「時に天皇聞きて大臣を召して詔して言わく(中略)悉に諸寺の僧尼を聚へて推へ問へ」と推古天皇は調査を命じる。また、僧尼を管理する僧正・僧都および寺財を管理する法頭を任する(僧都・法頭は俗人がつとめる)。さらに「其の寺の造れる縁(寺の由来)」・「僧尼の入道ふ縁(出家の事由)」・「度せる縁月日(得度年月日)」を調査する。
このようなことを通じて、徐々に国家の仕組みの中に僧侶・寺院が取り入れられていった。
※『日本書紀』該当箇所の原文
卅二年夏四月丙午朔戊申、有一僧、執斧毆祖父。時天皇聞之召大臣、詔之曰「夫出家者、頓歸三寶、具懷戒法。何無懺忌輙犯惡逆。今朕聞、有僧以毆祖父。故、悉聚諸寺僧尼、以推問之。若事實者、重罪之。」於是、集諸僧尼而推之。則惡逆僧及諸僧尼並將罪。
於是、百濟觀勒僧、表上以言「夫佛法自西國至于漢經三百歲、乃傳之至於百濟國而僅一百年矣。然我王聞日本天皇之賢哲而貢上佛像及內典、未滿百歲。故當今時、以僧尼未習法律、輙犯惡逆。是以、諸僧尼惶懼、以不知所如。仰願、其除惡逆者以外僧尼、悉赦而勿罪。是大功德也。」天皇乃聽之。戊午、詔曰「夫道人尚犯法、何以誨俗人。故、自今已後、任僧正僧都、仍應檢校僧尼。」壬戌、以觀勒僧爲僧正、以鞍部德積爲僧都、卽日以阿曇連闕名爲法頭。
秋九月甲戌朔丙子、校寺及僧尼、具錄其寺所造之緣・亦僧尼入道之緣及度之年月日也。當是時有寺卌六所・僧八百十六人・尼五百六十九人幷一千三百八十五人。
鎮護国家
鎌倉期の仏教
問 鎌倉新仏教の宗派は?
主なものをまとめると以下のようになります。
大谷派歴代門首
歴代門首一覧表
宗祖および列祖。
代 | 法名 | 命日 | 院号 | 諱 | 備考 |
宗祖 | 親鸞聖人 | 1262年11月28日 | |||
第二代 | 如信上人 | 1300年1月4日 | |||
第三代 | 覚如上人 | 1351年1月19日 | |||
第四代 | 善如上人 | 1389年2月29日 (引上2月25日) |
|||
第五代 | 綽如上人 | 1393年4月24日 | |||
第六代 | 巧如上人 | 1440年10月14日 | |||
第七代 | 存如上人 | 1457年6月18日 | |||
第八代 | 蓮如上人 | 1499年3月25日 | 信證院 | ||
第九代 | 実如上人 | 1525年2月2日 | 教恩院 | ||
第十代 | 證如上人 | 1554年8月13日 | 信受院 | ||
第十一代 | 顕如上人 | 1592年11月24日 (引上10月24日) |
信楽院 | ||
第十二代 | 教如上人 | 1614年10月5日 | 信浄院 | ||
第十三代 | 宣如上人 | 1658年7月25日 | 東泰院 | ||
第十四代 | 琢如上人 | 1671年4月14日 | 淳寧院 | ||
第十五代 | 常如上人 | 1694年5月22日 | 泥洹院 | ||
第十六代 | 一如上人 | 1700年4月12日 | 無碍光院 | ||
第十七代 | 真如上人 | 1744年10月2日 | 功徳聚院 | ||
第十八代 | 従如上人 | 1760年7月11日 | 清浄光院 | ||
第十九代 | 乗如上人 | 1792年2月22日 | 歓喜光院 | ||
第二十代 | 達如上人 | 1865年11月4日 | 無上覚院 | ||
第二十一代 | 嚴如上人 | 1894年1月15日 | 真無量院 | 大谷光勝 | |
第二十二代 | 現如上人 | 1923年2月8日 | 荘厳光院 | 大谷光瑩 | |
第二十三代 | 彰如上人 | 1943年2月6日 | 無量徳院 | 大谷光演 | 句仏上人 |
第二十四代 | 闡如上人 | 1993年4月13日 | 諦聽音院 | 大谷光暢 | |
第二十五代 | 淨如上人 | 慈心院 | 大谷暢顯 | ||
第二十六代 | 修如上人 | 能慈院 | 大谷暢裕 | ||
新門 | 大谷裕 |
真宗教団史
浄土真宗の教団の歴史について。大谷派(京都東本願寺)的理解が中心になるのはご容赦願いたい。
親鸞没後・大谷廟堂の建立
廟堂の寺院化・衰微時代
蓮如の再興
東西分派・江戸宗学
東西は内部から分裂。徳川が勢力を分かつために分裂させたという俗説があるが、現在の研究ではそれ以上に内部から分裂したということが中心にされる。
慶長度建立(教如)1602~1604
東本願寺が成立する。
明暦寛文度造営(宣如・琢如)1652~1670
親鸞聖人四百回御遠忌に合わせた事業。
幕末に四度の火災に遭うも、そのたびに再建。外部から「火出し本願寺」とさえ揶揄された。
天明寛政度再建(乗如・達如)1788~1801
京都大火の焼失から再建
文政天保度再建(達如・厳如)1823~1843
山内出火の焼失から再建
安政度再建(厳如)1858~1860
京都大火の焼失から再建
明治度再建(厳如・現如)1868~1895
蛤御門の変の兵火による焼失から再建
近代化
※近代以降は「近代真宗教学と真宗同朋会運動」(未作成)のページに纏める。
正信偈比較表
超絶かきかけのページ
本文の内容についての問答はまた別のページに書きます(ただいま準備中)。
正信偈本文の検討
本文は漢文体である。書き下し文は宗祖直筆教行信証に宗祖自身が書き込んだ加点をもとに決定する。訳文はこれまでに数限りなく作成されているので、筆者が今更新たに作成することはしない。
意味的なクオリティが十分であり、七五調にととのえられた訳文として以下の2つの訳との比較表を作成した。
また、著作権上の問題から掲載を控えたが、真宗大谷派教学研究所による『解読教行信証』の訳も可能ならば参照されたい。
表は横に長いためスクロールしてください。タッチパネル対応端末からは指で、非対応端末の場合矢印キーで操作できます。
原文 | 書き下し | 金子大栄 | 和訳正信偈 |
---|---|---|---|
帰命無量寿如来 | 無量寿如来に帰命し、 | 寿命(いのち)と光かぎりなき | ひかりといのちかぎりなき |
南無不可思議光 | 不可思議光に南無したてまつる。 | 仏(ほとけ)に帰命したてまつる | 阿弥陀ほとけを仰がなん |
法蔵菩薩因位時 | 法蔵菩薩の因位の時、 | 法蔵菩薩のその昔 | 法蔵比丘のいにしえに |
在世自在王仏所 | 世自在王仏の所(みもと)にましまして、 | 師仏につかえまししとき | 世自在王のみもとにて |
覩見諸仏浄土因 | 諸仏の浄土の因、 | 人の心とその業(わざ)を | 諸仏浄土の因(もと)たずね |
国土人天之善悪 | 国土人天の善悪を覩見して、 | きよめん道をみそなわし | 人天(ひと)のよしあしみそなわし |
建立無上殊勝願 | 無上殊勝の願を建立し、 | ここにこよなき願を立て | すぐれし願を建てたまい |
超発希有大弘誓 | 希有の大弘誓を超発せり。 | 世を済(すく)わんと誓いたり | まれなる誓いおこします |
五劫思惟之摂受 | 五劫、これを思惟して摂受す。 | ふかき思いを弥陀の名に | ながき思惟の時へてぞ |
重誓名声聞十方 | 重ねて誓うらくは、名声十方に聞こえんと。 | おさめて四方(よも)にきこえしむ | この願えらび取りませり |
普放無量無辺光 | あまねく、無量・無辺光、 | さわりなくまたならびなき | かさねてさらに誓うらく |
無碍無対光炎王 | 無碍・無対・光炎王、 | 光不断にてらしてぞ | 我が名よひろく聞えかし |
清浄歓喜智慧光 | 清浄・歓喜・智慧光、 | 貪欲(むさぼり)きよめんみひかりと | 十二のひかり放ちては |
不断難思無称光 | 不断・難思・無称光、 | 瞋恚(いかり)なごむる喜びと | あまたの国を照らします |
超日月光照塵刹 | 超日月光を放って、塵刹を照らす。 | 愚痴(おろか)をやぶる御智慧に | 生きとしいくるものすべて |
一切群生蒙光照 | 一切の群生、光照を蒙る。 | ものみな恵みうけまつる | このみひかりのうちにあり |
本願名号正定業 | 本願の名号は正定の業なり。 | 誓いの名聲を身にうけて | 本願成就のそのみ名を |
至心信楽願為因 | 至心信楽の願を因とす。 | 大悲のこころいただけば | 信ずるこころひとつにて |
成等覚証大涅槃 | 等覚を成り、大涅槃を証することは、 | 智慧の眼をひらきえて | ほとけのさとりひらくこと |
必至滅度願成就 | 必至滅度の願成就なり。 | 涅槃のさとりに至るなり | 願い成りたるしるしなり |
如来所以興出世 | 如来、世に興出したまうゆえは、 | 佛(ほとけ)のみむね説かんとて | 救主世尊は弥陀佛の |
唯説弥陀本願海 | ただ弥陀本願海を説かんとなり。 | 釈迦はこの世に出でましぬ | 誓い説かんと生(あ)れたもう |
五濁悪時群生海 | 五濁悪時の群生海、 | にごりになやむ同朋(はらから)よ | にごりの世にしまどうもの |
応信如来如実言 | 如来如実の言を信ずべし。 | まことの御言(みこと)うけまつれ | おしえのまこと信ずべし |
能発一念喜愛心 | よく一念喜愛の心を発すれば、 | ひとたび信をおこしなば | 信心ひとたびおこりなば |
不断煩悩得涅槃 | 煩悩を断ぜずして涅槃を得るなり。 | さわりのままに徳となる | 煩悩(なやみ)を断たで涅槃(すくい)あり |
凡聖逆謗斉回入 | 凡聖、逆謗、ひとしく回入すれば、 | もろびと名聲(みな)に帰しぬれば | 水のうしおとなるがごと |
如衆水入海一味 | 衆水、海に入りて一味なるがごとし。 | めぐみの海にとけ合わん | 凡夫とひじり一味なり |
摂取心光常照護 | 摂取の心光、常に照護したまう。 | 大御光(おおみひかり)に照らされて | 摂取(すくい)のひかりあきらけく |
已能雖破無明闇 | すでによく無明の闇を破すといえども、 | 疑いの暗(やみ)晴れたれど | 無明(うたがい)の闇晴れ去るも |
貪愛瞋憎之雲霧 | 貪愛・瞋憎の雲霧、 | 愛と憎みの雲霧(くもきり)は | まどいの雲は消えやらで |
常覆真実信心天 | 常に真実信心の天に覆えり。 | 常に信心(まこと)の空をおおう | つねに信心(まこと)のそら覆う |
譬如日光覆雲霧 | よし雲霧(くもきり)はへだつとも | よし日の雲に隠るとも | |
雲霧之下明無闇 | 暗(やみ)のあらぬぞとおとけれ | 下に闇なきごとくなり | |
獲信見敬大慶喜 | その信心(まこと)獲しよろこびに | 信心よろこびうやまえば | |
即横超截五悪趣 | 迷いの夢もさめぬべし | まよいの道は裁ちきられ | |
一切善悪凡夫人 | われら凡夫もみ佛の | ほとけの誓い信ずれば | |
聞信如来弘誓願 | 願いにかなう身となれば | いとおろかなるものとても | |
仏言広大勝解者 | 智慧あるものとよびたまい | すぐれし人とほめたまい | |
是人名分陀利華 | 白蓮華(びゃくれんげ)よとほめたもう | 白蓮華(びゃくれんげ)とぞたたえます | |
弥陀仏本願念仏 | されど佛(ほとけ)の本願は | 南無阿弥陀仏のみおしえは | |
邪見憍慢悪衆生 | よこしまにしてほこる身に | おごり・たかぶり・よこしまの | |
信楽受持甚以難 | うけたもたんはいとかたし | はかろう身にて信ぜんに | |
難中之難無過斯 | かたきなかにもなおかたし | 難(かた)きなかにもなおかたし | |
印度西天之論家 | 印度・中国・日本と | 七高僧はねんごろに | |
中夏日域之高僧 | 世々にひじりの出でまして | 釈迦のみこころあらわして | |
顕大聖興世正意 | 釈迦のみこころうけ伝え | 弥陀の誓いの正機(めあて)をば | |
明如来本誓応機 | 弥陀の誓いを明かしけり | われらにありとあかします | |
釈迦如来楞伽山 | 世尊はかねて世の後に | 楞伽の山に釈迦説けり | |
為衆告命南天竺 | 龍樹となのるひじりいで | 南天竺に比丘ありて | |
龍樹大士出於世 | 邪見を破り大乗の | よこしまくじき真実(まこと)のべ | |
悉能摧破有無見 | こよなき法を説きひろめ | 安楽国にうまれんと | |
宣説大乗無上法 | 歓喜の智慧地さとらんと | みことのままにあらわれし | |
証歓喜地生安楽 | 宣(の)りし給いに応えてぞ | 龍樹大士はおしえます | |
顕示難行陸路苦 | 陸路(くがじ)の難き行かんより | 陸路(くがじ)のあゆみ難(かた)けれど | |
信楽易行水道楽 | 易き船路(ふなじ)によれよかし | 船路(ふなじ)の旅の易きかな | |
憶念弥陀仏本願 | 弥陀の願いを念じなば | 弥陀の誓いに帰しぬれば | |
自然即時入必定 | おのずからなる道あらん | 不退のくらい自然なり | |
唯能常称如来号 | 慈悲(めぐみ)憶(おも)いて常にただ | ただよくつねにみ名となえ | |
応報大悲弘誓恩 | 名号(みな)称えよとのべましぬ | ふかきめぐみにこたえかし | |
天親菩薩造論説 | ひじり天親論を説き | 天親菩薩論を説き | |
帰命無碍光如来 | 無碍の光に帰したまい | ほとけのひかり仰ぎつつ | |
依修多羅顕真実 | 経のまことに応えてぞ | おしえのまことあらわれて | |
光闡横超大誓願 | 弥陀の誓願(ちかい)をたたえつつ | 弥陀の誓いをひらきます | |
広由本願力回向 | その願力に賜われる | 本願力のめぐみゆえ | |
為度群生彰一心 | 一心のむね彰わしぬ | ただ一心の救いかな | |
帰入功徳大宝海 | 名号(みな)の功徳に帰しぬれば | ほとけのみ名に帰してこそ | |
必獲入大会衆数 | かならず聖(ひじり)のかずに入る | 浄土の聖衆(ひと)のかずに入れ | |
得至蓮華蔵世界 | 永遠(とわ)のみくにに至りなば | 蓮華(はちす)の国にうまれては | |
即証真如法性身 | やがて真如(まこと)を證(さと)りえて | 真如のさとりひらきてぞ | |
遊煩悩林現神通 | 生死(まよい)の園に遊びては | 生死の薗にかえりきて | |
入生死園示応化 | 応化自在の身とならん | まよえる人を救うなり | |
本師曇鸞梁天子 | 梁の天子にひじりよと | 曇鸞大師徳たかく | |
常向鸞処菩薩礼 | あがめられたる曇鸞は | 梁の天子にあがめらる | |
三蔵流支授浄教 | 流支(るし)の教えにみちびかれ | 三蔵流支にみちびかれ | |
焚焼仙経帰楽邦 | 仙経焼きて道に入る | 仙経すてて弥陀に帰す | |
天親菩薩論註解 | ひじり天親の御言(みこと)うけ | 天親の論釈しては | |
報土因果顕誓願 | 浄土は誓願(ちかい)によると説き | 浄土にうまるる因も果も | |
往還回向由他力 | 往くも還るも願力に | 往くも還るも他力ぞと | |
正定之因唯信心 | 賜わる信とのべたもう | ただ信心をすすめけり | |
惑染凡夫信心発 | その信あらば仮の世に | まどえる身にも信あらば | |
証知生死即涅槃 | はなれぬ永遠(とわ)の光みて | 生死(まよい)のままに涅槃(すくい)あり | |
必至無量光明土 | かならず浄土にうまれては | ひかりの国にいたりては | |
諸有衆生皆普化 | もの皆すくう身とならん | あまたのひとを救うべし | |
道綽決聖道難証 | 道綽 聖道難(かた)しとて | 道綽禅師あきらかに | |
唯明浄土可通入 | ひとえに浄土の門ひらき | 聖道・浄土の門(かど)わかち | |
万善自力貶勤修 | 自力の諸善おとしめて | 自力の善をおとしめて | |
円満徳号勧専称 | ただ念仏をすすめつつ | 他力の行をすすめつつ | |
三不三信誨慇懃 | 信疑のおしえねんごろに | 信と不信をんんごろに | |
像末法滅同悲引 | 末の世に泣く罪人(つみびと)も | 末の世かけておしえます | |
一生造悪値弘誓 | 弥陀のちかいに値(あ)いぬれば | 一生悪を造るとも | |
至安養界証妙果 | 彼岸にいたるとさとしけり | 弘誓に値(あ)いて救わるる | |
善導独明仏正意 | 善導 佛意をあらわして | 善導大師ただひとり | |
矜哀定散与逆悪 | 善(よ)きも悪(あ)しきもあわれみつ | 釈迦の正意をあかしてぞ | |
光明名号顕因縁 | 光と名号(みな)を本願の | 自力の凡夫あわれみて | |
開入本願大智海 | 智慧に導く縁と説く | ひかりとみ名の因縁(いわれ)説く | |
行者正受金剛心 | われら金剛の信をえて | 誓いの海に入りぬれば | |
慶喜一念相応後 | 一念みむねにかないなば | 信をよろこぶ身となりて | |
与韋提等獲三忍 | 韋提と等しきよろこびに | 韋提のごとく救われつ | |
即証法性之常楽 | 永遠(とわ)のたのしみさとるべし | やがてさとりの花ひらく | |
源信広開一代教 | 源信ひろく教きわめ | 源信和尚弥陀に帰し | |
偏帰安養勧一切 | ひとえに浄土を勧めけり | おしえかずあるそのなかに | |
専雑執心判浅深 | 諸善はこころ浅しとし | 真実報土(まことのくに)にうまるるは | |
報化二土正弁立 | まことの国の道ひらく | ふかき信にぞよると説く | |
極重悪人唯称仏 | ただ名号(みな)をよべもろ人よ | 罪の人びとみ名をよべ | |
我亦在彼摂取中 | 悩みに光みえずとも | われもひかりのうちにあり | |
煩悩障眼雖不見 | 大悲ものうきことなくて | まどいの眼には見えねども | |
大悲無倦常照我 | 常にわが身をてらすなり | ほとけはつねに照します | |
本師源空明仏教 | 本師源空あらわれて | 源空上人智慧すぐれ | |
憐愍善悪凡夫人 | われら凡夫をあわれみつ | おろかなるものあわれみて | |
真宗教証興片州 | 名号(みな)のまことをこの国の | 浄土真宗おこしては | |
選択本願弘悪世 | この世に弘(ひろ)く説きましぬ | 本願念仏ひろめます | |
還来生死輪転家 | 流転の暗路(やみじ)はなれぬは | まよいの家にかえらんは | |
決以疑情為所止 | ただ疑いのあればなり | 疑(うたご)う罪のあればなり | |
速入寂静無為楽 | 無為のみやこに入らんには | さとりの国にうまるるは | |
必以信心為能入 | ただ信のみとのべたもう | ただ信心にきわまりぬ | |
弘経大士宗師等 | 弘経の大士・宗師等、 | ああ三国のひじりたち | 七高僧はあわれみて |
拯済無辺極濁悪 | 無辺の極濁悪を拯済したまう。 | はてなき濁りの世を救う | われらをおしえすくいます |
道俗時衆共同心 | 道俗時衆、共に同心に、 | さらば同朋(はらから)もろともに | 世のもろびとよみなともに |
唯可信斯高僧説 | ただこの高僧の説を信ずべし、と。 | ただそのみ言葉信ずべし | このみさとしを信ずべし |
『教行信証』について
『教行信証』は宗祖親鸞聖人の主著で、その正式な名称を『顕浄土真実教行証文類』という。
書誌的な背景
『教行信証』はどのような構成ですか?
以下のような構成です。
- 顕浄土真実教行証文類序(総序)
- 顕浄土真実教文類(教巻)
- 顕浄土真実行文類(行巻)←末尾に正信偈
- 顕浄土真実信文類序(別序)
- 顕浄土真実信文類(信巻)
- 顕浄土真実証類(証巻)
- 顕浄土真仏土文類(真仏土巻)
- 顕浄土方便化身土文類(化身土巻)←末尾に跋文
読み方は一定ではなく、伝統的に、真宗大谷派(お東)では「きょうのまき」「しんぶつどのまき」と読み、浄土真宗本願寺派(お西)では「きょうかん」「しんぶつどかん」と読むことが一般的。
教巻, 行巻, 信巻, 証巻, 真仏土巻, 化身土巻の六巻を中心とし、最初に総序を置き、行巻の最後を正信偈で結び、信巻の最初に別序をおき、化身土巻の最後に全巻の内容をむすぶ跋文(後序, 流通文などとも)が置かれている。
問 どのような古写本が現存していますか?
以下の三本が有名です。
問 板東本の特徴は?
真宗大谷派(東本願寺)に伝わる、現存唯一の宗祖直筆の教行信証。かつては坂東報恩寺に所蔵されていたことから「坂東本」と呼びならわす。
聖人自身の長年の推敲の跡があり、決して読みやすいものではない一方、宗祖の思索を感じることが出来る。
総序および教巻の一部が欠損している。
東本願寺出版編『顕浄土真実教行証文類(翻刻編)』に丁寧に翻刻されているので参照されたい。
問 西本願寺本の特徴は?
整っていて読みやすい。かつては宗祖直筆の清書本だと言われていたが現在では否定されている。
高田専修寺本(高田本, 専修寺本)の特徴は?
その他概論
問 書名はどういう意味ですか?
最初の動詞「顕」がどこにかかっているのか親鸞自身が述べていないのでいろいろな理解がある(浄土をあきらかにする真実の教行証の文類か、浄土の真実の教行証をあきらかにする文類か、はたまた...)。
英訳では「A collection of passages that clearly show true and real teaching, practice, and enlightenment in the pure land way.」と呼ばれる。直訳すれば「浄土教(浄土の道)の真実なる 教(教え)・行(実践)・証(さとり)を明確に示す文類(文章を集めたもの)」といった感じか。
その他覚え書き
覚え書きブログのなかでも覚え書き。独立記事化するまでもないはしがきが書き留められている。
僧侶
大谷派(お東)教師の位階
大谷派(お東)学階
- 学師
- 擬講
- 嗣講
- 講師
本願寺派(お西)学階
- 得業
- 助教
- 輔教
- 司教
- 勧学
法要テーマ
- 2023年 親鸞聖人御誕生850年 立教開宗800年慶讃法要「南無阿弥陀仏 人と生まれたことの意味をたずねていこう」
- 大阪教区「みんなに願いがかけられている」
- 2011年 宗祖親鸞聖人750回御遠忌法要「今、いのちがあなたを生きている」
- 長浜教区「いただこう あわせる 掌のぬくもりを」
- 名古屋教区「ともに生きる-いのちのつながり-」
- 高山教区「雑業を捨てて本願に帰す-このままでいいのか、今の世・この私-」
- 金沢教区「よろこびはいつもここに-今、親鸞さまに出あう時-」
- 高岡教区「私はどこで生きているのか-たずねよう真宗の教えに-」
- 1998年 蓮如上人500回御遠忌法要「バラバラでいっしょ 差異を認める世界の発見」
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- 真宗興法議員団(与党)→ https://www.shinshukoubou.com/
- 同朋社会をめざす会 → http://doubousyakai.com/